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  特集:〜プチ・サブロンの偉人たち〜 Dvriendt
銅像めぐり〜18〜

Cornelis de Vriendt dit Floris(1518〜1575)
コーネリス・ドゥ・フーリント通称フロリス

  北方ルネサンスの全盛期にアントワープ地方で活躍したフラマン人彫刻 家、建築家、製図家、画家、石細工家。1561年から66年にかけて建築さ れたアントワープ市庁舎のコンセプト作家として、デザインや製図、使用 する石の選定にも携わったらしい。アントワープ市庁舎は16世紀のネーデ ルラント地方(現ベルギー、オランダ)で最も顕著なルネサンス様式建造 物の一つに数えられている。コーネリスの銅像が手にしているのは右手に 槌、左手には設計図らしく、彼の職業を象徴している。


  16世紀当時、ドゥ・フーリント一族はネーデルラント地方で石大工、建 築家、彫刻家、画家など多くの芸術家を輩出した。コーネリスの曾祖父で 15世紀の石大工として名高いフロリス・ドゥ・フーリントは、ブリュッセ ルで石工ギルトの親方を務めていた。コーネリスは兄のフランス・フロリ ス(1516-70, 北方ルネサンスを代表する画家 の一人)同様、イタリアに留学してルネサ ンス芸術を学んだ後、祖父のアトリエで彫 刻の修行を積み、St. Lucas芸術家ギルドの 親方だった父の逝去後、21歳で親方職に就 く。以後、57歳で亡くなるまで、国内外で 数々の建築、設計、内外装の仕事をこなし て活躍した。代表作にデンマークのクリス チャン3世廟、トゥルネーのノートルダム 大聖堂内の壁彫刻などがある。
 

 

antwerpen

楽園に集う12人の繋がり

  プチ・サブロン公園の銅像を紹介するこのシリーズも5回目を迎えました。それぞれの偉人について調べを進めていくうちに、全部で10体の偉人は実はそれぞれの偉業とは別に、大きな繋がりのあることがわかりました。

  10人を繋ぐ鍵は、彼らが守るように取り囲む公園中央の像、エグモント伯(1522-68)とホルン伯(1524-68)にありました。二人の名門貴族は、16世紀のスペイ ン・フェリペ2世による圧制と新教弾圧からネーデルラント地方を救おうと立ち上がった勇敢な 指導者たちです(プチポワ06年2月号に詳細)。それを取り囲む10人の生没年を比べてみる と、全員がこの二人と同時代を生きた人々だったのです。貴族、政治家、地理学者、建築 家、芸術家…と職業は様々でしたが、彼らは皆、祖国をスペインのくびきから救うために戦った 戦友仲間だったのです。

  エグモント、ホルン伯は1568年にスペイン軍に捕らえられ、処刑されてしまいますが、遺志は 受け継がれます。“80年戦争”と呼ばれる長い独立戦争の末、1648年のウェストファリア条約 によってスペインはネーデルラント地方の独立を認めることになりました。
16世紀に祖国の独立に尽力した勇士たちは、今、地上の楽園をかたどった美しいプチ・サ ブロンの庭園から、21世紀のベルギーの繁栄を満足げに眺めているようです。